Pensamiento

- el hombre es una caña que piensa -

自分の心を取り戻す場所

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 いつの間にか忘れてしまっていた。いや忘れていたわけではないんだろう、ただフタをしていた、扉を閉めていたそういう方が正しいような気がする。
 キューバから帰ってきて3年、4年目に入ろうとしてた。あれよあれよという間にサルサダンスインストラクターとしての仕事が忙しくなり、「キューバ留学体験記」なんていうのも書き終えることもなく、再びキューバへ行くことになる。3年もあったのに何で書き終えられないんだなんて思われるかもしれない。

われながら時間の使い方が上手じゃない。

何だか心も落ち着かずに

1年目
新しいインストラクターという仕事になれるのに精一杯。どんなレッスンをしたらいいのだろう?これで合っているのか?みんな楽しんでくれいているかな?
少しずつ、自分の楽しかったサルサは、みんなに楽しんでもらうサルサへと変わっていっていた。

2年目
県内でのレッスン場所も増えて、生徒さんも増えていく中で、県外で仕事をさせていただく機会もどんどん増えてきた。青森県内でサルサをやったことがない人達へサルサを教える。それなら自分のやるべきことはわかる。
だけど、県外、すでにサルサを踊れる人がたくさんいる人たちのところへ行く、もうサルサが踊れるのに何を学びたいんだろう?また、考えることが増えてきた。平日のレッスンの内容に、週末のレッスンの目的。
みんなは、何でサルサを踊りたいんだろう?学びたいんだろう?なんて小難しいことに頭を使って答えをひねくり出そうと思っていた。
楽しむためのサルサはどこへ?

3年目
サルサ歴3年目の強者も育ちつつあり、生徒さんのレベルが目に見えて上がってきている。さて、自分も3年程しかサルサを習ってこなかった。あとは独学だった。皆上手になってきたし、何教えたらいいんだろうな。。。?と考え始める。あとは各自でとは言えない。細かいこと言ったらもっとこうなって欲しい、この部分がいまいちなんだよな。と思うけど、皆にそこまで求めるか?皆にとって趣味だぞサルサは。なんて心の中の自分と会話を続けながら平日のレッスンと、ほぼ毎週末、県外へと足を運びながら、悩んで、考え続けていたのでした。

3年目の途中から、急にキューバへ行きたい欲求が高まって来ていて来年は1ヶ月キューバへ修業に行かせてください!(ただ単に1回逃げ出したかっただけなのかもしれないけれど)と、ぜったい行きます。と宣言していた。

本当はキューバじゃなくても良かった。アフリカにも行ってみたいし、ニューヨークにも行ってみたい。だけど、日程や今やりたいことを考えるとキューバに決めていた。
自分で習ってきたサルサを出し切ってしまっていたような気がしていて、だからといってアフロキューバンをレッスン中に全面に押し出していくわけにもいかず。そんなことしたら、自分は完璧を求めるだろうし、それが1週間に1回やそこらのレッスンでどうにかなるものだとは思っていないから、それだけにレッスンの時間が使われそうで、それじゃサルサのレッスンじゃないじゃないか!と持っているものも出せず二進も三進もいかない状態になっていた。
県外のレッスンでも自分はとても簡単なことだと思っていることが、自分の伝え方が下手なのが一番だと思うが、意外とできない。
自分の思っている皆のレベルと、本当のレベルが良くわからなくなっていた。

自分のやり方は何か間違っているのかな?と考える日々が続いていた。

キューバでやりたかったことサルサ。現実はなぜかコンテ。

なんとか3年目も無事乗り切り、ロコスタジオ発表会も乗り越えすぐにキューバへ出発。
さぁ毎日サルサ踊ってやるぞ〜と、日本で紹介してもらっていた習ってみたいなと思う先生のお家を訪ねると廃虚に。。。

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帰って電話してもらうも家電、携帯ともに繋がらず(そりゃ想定していましたけど、もう何年も前の住所、電話番号でしたから。。。)

キューバはいつもそうだよな、キューバあるあるを久しぶりに感じた。

さて振り出しに戻って、どうしようかな?と思っているとオスカルが女性の先生を紹介してくれた。どんな踊りをするのか、どんな人なのか、教え方はどうなのか、一度レッスン受けてみてから続けるか考えようと一度レッスンを受けてみることにした。

ヤイミという先生で、結果からいくとさっきの3つの点を満たす良い先生だった。

ということで、サルサを習いたいなとは思っていたもののコンテもやりたいなと考えていた。サルサ以外を学べば表現の幅が広がるかなと「サルサを学ぶ」という当初の目的をさらりと忘れて、またしても興味の向くままにコンテを習い始める。コンテンポラリーダンスについては、専門家がたくさんいるので多くは語ることはできない。

同時に、前回キューバへ滞在した時に習っていた先生・ヤンドローのレッスンも受ける。

平日は午前2時間・ヤイミ、午後2時間・ヤンドローとレッスンばかりして過ごす。

結果ヤイミには、コンテンポラリーをメインに習い、ヤンドローにはアフロキューバンをリンピアールしてもらうような形のレッスンになっていた。真新しいことは、それほど多く習わなかったし、基本をしっかりできたら良いなと思っていたから良かったんだろう。

1ヶ月の間、嫌な思いになったり、自分の考え方と向き合ったりしながら、レッスンをする日々を続けていた。

日本に居るときは、多少レッスンを受けたりもしていたけど年に数回程度。それよりも多くの時間を自分で教える立場として出し続けていた。

それを考えると、今回のキューバ滞在1ヶ月の間にレッスンにかけた時間は生徒さん達が1年間レッスンにかける時間の倍くらいは、やってきた。

精神と時の部屋にこもったんだな俺。

取り戻した。レッスンを受ける楽しさ。

やっぱり生徒として習うことは、ほんの些細なことでも楽しいんだなと思った。そう、難しくなくても細部を突き詰めていく作業でも楽しい。なかなかできなくて同じことを繰り返しても、できてるようになったと思っていても、どこかまだまだ詰めが甘かったりして、自分の体に向き合うことは簡単なことも、難しいことも同じくらい楽しい。
ましてや、毎日それをやっていたのになかなか成長しないなと思いながら同じことを繰り返していて、体が疲れて面倒くさいなと思っていてもレッスンに行って、それでもレッスンが終わると何だか気持ちが満たされている。それは、飽きさせない、細部にこだわる、まだまだ突き詰めるところがあるだろと言ってくれる先生のお陰なのかもしれない。
できるようになったことも見てくれているし、できていないところも見てくれている。
自分の面倒くさいところでもあり、良いんじゃないと思うところは、完璧を目指しすぎて、いつもまだまだと思ってしまうこと(だからと言って自己嫌悪にはならないかな)、でも、だからこそいつもまでも成長していってやるって思いにも繋がっているのかな?それが前進していく強さ。

自分の生徒さんは週に1回の1時間のレッスンでサルサを踊る。
自分は毎日サルサを踊る。

どうもこの生活の中で、「みんなも毎日サルサを踊っている」という感覚に陥っていたらしく。

キューバでまた自分が生徒としてレッスンを受けることで、自分の生徒さんが、一週間に一回なら、一回しか、受けられないならかなり楽しみだし、心待ちにしてるんじゃないのかな?と思えるようになった。
疑心暗鬼ではなくほんとにそう思えているから、帰ってきてからのレッスンでは心がなんだか楽になっている。

そして、難しいことじゃなくても細部をキレイにしていく作業、繰り返しの作業でも楽しいんだなと(まぁそれは自分だけなのかもしれないから、要検討だけれども)思えたことが、難しいことに新しいことをやらなきゃと言う思いに捕らわれすぎないレッスン。これもまた、自分の心が楽になっていることに繋がっている。

帰ってきていろんな人に聞かれる質問「キューバどうだった?」に答えるために自分の頭は「どうだった?って聞かれても、楽しかったですよ^^」としか答えられずにいた。

「じゃあ何が楽しかったのか?自分を楽しませたのは何なのか?」

一つは、自分が生徒としてレッスンを受けることで自分が喜ぶことをしていた。

もう一つは、音楽を楽しむことことだ。


La Fiesta en Cuba. Baila salsa Cubana


思い出すのが、ヤイミの誕生日パーティーに誘われて気乗りもしないで行ったのだけど、そこでおばあちゃんが掛かっているサルサを聞いて楽しそうにステップを踏んでいる。そうこうしているうちに「踊れよ〜」と言われて、踊った。おばあちゃんだから、難しいことはできない。お互い音を楽しむために踊った。技をだすことにこだわるんじゃなくてね。
それを周りのキューバ人家族が騒ぎ立てて楽しそうにしている。

そのあとに、先生も入ってきて踊る。彼女も音を楽しんでいる。何かしてもらうのを待っているんじゃなくて、今掛かっている音を楽しみながら踊っている。自分も音を楽しんでいる。ここでこうしたいああしたい。リードにフォローもあるけど、2人で音を楽しんで踊っている。いつのまにか、心も踊っていた。

久々に、心から踊った気がした。

何も期待されることなく、何も期待せず、音楽を楽しんだ。

扉の前に置いていた「楽しませなきゃいけないんだ」と名前のついた大きな思いが少しずつ消えて「自分も楽しんでいいいんだよ」という扉が開いた。

閉じこめられていた思いがまた開いて何だかまたエネルギーを取り戻したように思える。

もちろん他人を大切にすることも大事なことだ。でも、ほかの誰でもない、自分を大切にすることはもっと大事なことなんだなと思う。他人を大切にするのは、元気な自分だけだから、自分を大切にできてない人は心のどこかの扉が閉まって、なんだかエネルギー不足で他人を大切にできないだろう。

キューバの旅、自分の心を開く旅、自分の心を喜ばせる旅、行くたびに気づかせてくれる、成長させてくれる。

次はどこへ。。。